受講者の声: 2009年11月アーカイブ

「自分で歩いている!」

20091122日ウォーキング瞑想講習会レポート

伊藤義晃

 

まだまだ二回目ですが、ただ「歩くことに集中する」ことがこんなに難しいとは!と本当に感じています。

 周りのきれいな紅葉が目に入るたびに、鳥の鳴き声が聞こえるたびに意識はそっちにいって、どうしても連想ゲームが始まってしまいました。

 でも連想ゲームを何度も中断しながら歩いていると、ただ漫然と歩いているんではなく、「自分で歩いている」という実感が湧いてきます。

 後でふと「歩く」ことを「仕事」に置き換えてみたんですが、「仕事」の周りにはいろんな事があって、そのたびに勝手な連想ゲームを繰り返していたな…と改めて気付きました。

 「歩く」ことに集中しながらしばらくして、北山先生から「もう一時間くらい歩いていますね」という声にびっくりしました。あっという間で、しかも全然疲れていません。

普段ごちゃごちゃ考えているのは、すごく疲れることなんですね。

 ウォーキング瞑想は週末のちょっとした気分転換に(脳の休憩)という意味でも楽しく参加させて頂いています。

 切っても切れない「マインドトーク」と付き合っていくために、これからもよろしくお願いします。

 

《コーディネーター・北山喜与の返信》

本当にまだ2回目ですが、中々鋭いところに気づいてきましたね。

普段、車で例えるなら無操縦運転の状態で歩いていることから一転して、自分で歩いているという自己操縦感を得たことは素晴らしい気づきですよ!

その上で、「歩」くことを「仕事」に置き換え、いかに普段無操縦運転の状態でマインドトークに翻弄されながら仕事に当たっていたかに気づいたということは、自分の生活全般をどうすごせばいいのかへの大きな気づきとなっていきますよね。

その気づきを大切に生活実践の中で確たるものへと養っていくことが、このウォーキング瞑想の目的でもあるのです。

あなたの提案のように、皆で意見交換など交えながら、皆で自己成長への道を歩いていきましょう!

(次回のウォーキング瞑想は126日(日)10:00JR山崎集合。雨天でも決行です。)

 

 

第二回 続けることの難しさを感じて

-本日のウォーキング瞑想を通してー―  

新納健作

 

今日は曇天の中、2回目の「ウォーキング瞑想」(20091122日)に参加した。前回時に「今までに感じたことのない『感じ』」を感じた。今回はどうだろう(この時点でマインドトークがはじまっている!)。

「新納くん、先頭歩いて」と北山先生に言われて、「えっ!」と感じたが、歩くことに集中、と思い進めた。

この前の、感じたことのない『感じ』があるためか、「もっと、もっと」という焦り、「うわー参加している」というドキドキ感、高揚感のマインドトークにやられた。

息をすーっとストローではくように長くはく、歩く、数字を数える。すごく息が気持ち良い

ただ、確かにすごく集中しているだけれど、まだまだマインドトークは追ってくる。その強さ、しぶとさ。

吐く息の、すーっと吐いてお腹から湧くような満足感(北山:心の「安らぎの場」です)は感じることができた。しかし、時間も空間もぎゅっとなるような濃さを感じられなかった

正直言って「慣れた」「できる」という変な慢心が、しぶとく、しぶとく、マインドトークとして残った。それを気づいては振り落とすのでいっぱいだった。切っても、切っても生えてくる。

今日はマインドトークのしつこさ、そしてそれを対処することの難しさ、続けることの難しさをすごく身にしみて感じた。

本当は慣れたということはないし、その時その時、同じものがないこと、その時でしかありえないことがマインドトークに振り回されないことだとこの文章をまとめながら感じた。また、自分の中の、すぐにわかったと思うこと、すぐに高揚してしまうことがマインドトークに引っかかりやすい自分のクセだと改めて思った。

(注.文中加線は北山)

 

《コーディネーター・北山喜与の返信》

今回も中々いいところに気づいていましたね。

どのような体験も、今現在の「体験」は「今の瞬間にしか存在しない」ものですね。

それに気づけば、日常起こるどのような事柄もその一瞬にして消えてしまい、過去の存在へと移っていくものだということが理解できますよね。

そして、実在しない過去を追い求めることのナンセンスさにも気づきますよね。

 ウォーキング瞑想」は、そのように何処にもこだわることのない自分を構築していく力となってくれます。

 継続こそ力です。皆と一緒に頑張りましょう!

 次回は、126日(日)午前10時にJR山崎駅集合です。)

 

歩くことに集中して今までに感じたことのない「感じ」を感じたこと

                                    11/8講習会「ウォーキング瞑想 at JR山崎」レポート

 

 

 

新納 健作

 

今日の晴天の中、山崎は日の光も風も気持ちがよい。その中で「ウォーキング瞑想」をはじめて行った。私自身日課として夜中に歩いているが、それとどうちがうのだろうかと想像してみたが、やってみないとわからんのですぐに想像をやめた。

 

まずはじめに息を吐いている間、数字を数えながら歩くことをはじめた。周りの参加者の歩くスピード、数の数え方、木々の様子になかなか集中しきれずに中腹の広場に到着した。

 

中休みと感想、そして体のバランスチェック。体を糸で引っ張られたようにまっすぐにしてそのままに、(自分でどこがどう歪んでいるのかわかりにくい!)左右の足を片足づつ、かかとからまっすぐ上げて止め、下ろす。私の場合は左足をかかとからまっすぐ上げて止めて、下ろすのに苦労してまげながら上げて下ろすのが一杯だった。なかなかうまくいかないので何回もしてみたが難しい。自分がこうしたいと思っているのに、動かない体!しかし、本当は私が『思っている』(『考えている』)と思っているだけで、体も合わせて思っていないのではないか。北山先生、他の参加者の方々とのいろいろな話をしているうちに気づいた。

 

次に、より急な坂道を歩いた。自分の身長と同じ範囲を見てという北山先生のアドバイスを参考にしながら歩くことに集中した。

 

ここからの体験が今までに感じたことのない体験だった。今までに体験したことのないことなので、言葉でいいにくいが、「こんな『感じ』感じたことのない」感じが感じられた。気持いいのか悪いのかわからない感じ。

 

息を吐く。足元に集中して歩く。数を数える。坂道のこと、周りの参加者の方々、木々。ただあるだけ。歩くことに集中する。時間も空間もぎゅっと濃くなるとしかいいようのないこの感じ。はじめて。

 

あとで坂道を降りていって汗をかきはじめた。歩いている「そのとき」でしかない一瞬、一瞬。あとでどんなのだったか思い出せない。「思い出す」ということも起こってこない一瞬、一瞬。

 

この今までに感じたことのない『感じ』を、歩いている一瞬、一瞬に感じた。今日感じただけにするのではなく続けていきたい。こつこつと。

 

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