僧侶の気づき

マインドトーク洞察法を受講して

 
大崎 直文(4級研究員・愛知県僧侶) 

 
はじめて北山先生のマインドトーク洞察法の講義を拝聴したのは、正眼寺セミナーでした。「いままで自分の一部であると考えていたものが、実はマインドトークのいたずらで、本当の自分とは少し違ったものである」という内容の話を、図を示しながら解り易くお話いただきました。特に「電話での会話の続く話」の例はとても理解しやすく、講義のあと帰りの車の中で「マインドトークしている自分」に気付くことが出来ました。 

 
第二回目は、地元の青年僧の集まりに来ていただいて、お話をお聞きすることが出来ました。そこでは、最初にお聞きしたマインドトークの概論的なお話から、心理学の分野が目指すものと、禅宗僧侶としての目指すものの違いをお話していただき、今流行の「ただポジティブにものを考える」だけではない、「本質をそのまま受け入れる自分を見る」ことの大切さをお教えいただきました。次に、マインドトークに振り回されずに生活するにはどうすればよいのか、ということで「食べる瞑想」を実践体験し、生活の中での瞑想「三昧」を解り易く理解することが出来ました。これによって、師匠から「動中の工夫は静中の工夫に勝ること百千億万倍」とか「お経は意味を知ることも大切だが、その音に浸ることも大切だ」と指導を受けたことの意味がやっと理解でき、修行時代の生活で無我夢中にこなしていた一つ一つの所作や行動が、この時初めて理由を伴って理解できました。修行の前にこのことを少しでも理解していればと残念でなりません。もう一つ、檀信徒の方への教化方法として、何故坐禅が良いのか、坐禅の時には何に気をつけてすることが大切なのかを、理由を示して説明することが重要であることをお教えいただき、また、自分自身それが明確になりました。 

 
第三回目はフォローアップセミナーに参加させていただき、さまざまな瞑想方法を教えていただき、体験もしました。そこでは、自分にあった方法を見つけることが大切との感想を持ちました。例えば、私の場合、数息観では一息を「ひとーっ」と数えるよりも、「いち、にい、さん、・・・」とカウントするほうが集中し易いことに気がつきました。対機(教えを聞く人)によってさまざまな方法を提供することも大切だと痛感しました。また、「マインドトーク洞察ウォーキング法」は日常の中の心がけ一つで簡単に出来る瞑想としてとても良いと思いました。 

 
第四回目はやはりフォローアップセミナーに参加しました。このセミナーで「マインドトーク」と「自分が主体的に考える」ことの違いがようやく理解でき、また、自分を客観視することの重要さを知ることが出来ました。これは、私にとってとても大きなことでした。 

 
第五回目はマインドトーク洞察ウォーキング法合宿に参加させていただきました。これは会の活動趣旨からすると的外れな感想かもしれませんが、合宿を通して一番感じたのは、木々に囲まれたお寺の持つ無言の力。久しぶりに古刹で坐ることができ、喧騒の現代にありながら、圧倒的な大自然の中に優しく生かされている自分を感じることができました。心洗われる気がしてとても有意義な時間が流れていきました。出来るならば、本堂の縁側で坐禅をすることを希望します。また、マインドトーク洞察ストレッチ法では、自分のからだがいかに自分の意識外のところに行ってしまっているかを痛感しました。ボディスキャンでも感じたことですが、自分のからだを自分に取り戻すことが大切なのだと感じました。しかし、正直に白状すれば、そのこととマインドトークがいまひとつうまく結びつきません。以上、私がセミナーに参加させていただいて、感じたり、考えたことを簡単に報告させていただきました。 

 
昨年末、神奈川県総持寺に家族で参拝にうかがったときのこと、案内の雲水さんから「総持寺では雲水修行の期間中に書道、お茶、漢詩、カウンセリングなどいろいろな勉強をします」と説明をうけました。吾が宗門では書道や漢詩の勉強はするのですが、カウンセリングを僧堂で勉強したという話は聞いたことがないので大変驚きました。しかし考えてみれば、僧侶にならんと修行するものがカウンセリングの勉強をすることは至極当然のことで、むしろカウンセリングの知識をもたずに住職になることのほうが問題だと思います。カウンセリングに限らず、現代にマッチした方法で人々を布教教化することがとても大切なこととなってくるのではないでしょうか。 

 
自分の気持ちをうまく整理できないで悩んでいる人と接する機会の多い我々僧侶はもちろん、これから修行に入る予定の学生さんも是非、マインドトーク洞察法を学んでいただきたいと考えます。

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