マインドフルなひととき
日本文化に支えられてのマインドフルなひととき 福岡県 田中仁章 人間性探求研究所による講習に日帰りで参加するために、10月3日土曜日の朝5時半に起きて、福岡の八女から京都へと向かいました。この講習を終え、家に帰り着いたのは、JRの人身事故の影響もあって真夜中を過ぎてしまいました。61歳の私にとっては、ややハードスケジュールでしたが、愛媛や広島からの若い参加者もおられて、マインドフルの広がりを実感した一日でもありました。 昼過ぎに、京都市東山区にある高台寺洗心寮に着くと、理事長の北山先生ご自身が、私を含めた初めての参加者4人に対して、事前の説明を行って下さいました。実は正直に申し上げると、お会いするまでは、北山先生は男性と勝手に思い込んでいた私は、女性のお方であったことにやや面食らって、挨拶も中途半端なものになってしまいました。 講習の前半は、「自覚的意識を養う」ことの理論的な究明を目的として、北山先生は江戸時代の名著とされる『茶事訣』を読み解かれ、立命館大学の林先生は『宇宙的無の自覚』と題して持論を展開されました。その後、両先生が対談を進められながら、参加者からの質問にも答えられるという形で、前半は進められました。 未熟さの露呈を恐れずに述べるならば、林先生のお話の概要は、次のようなことであったと思います。 自分という絶対的存在である唯今の意識において、この瞬間瞬間を無評価的に観察し自覚していくことが、即ち、無の存在として自分を意識し対象化していく事が、実は、絶対的有とつながっているのであるとの自説を呈示していただいたのだと思います。 人間性心理学派のロジャーズは、「宇宙は進化の方向へと向かっている」ことを根本仮説とした上で、「クライアントへの無条件の(絶対的)肯定的な配慮」が、クライアント本来の「自己実現化傾向」を蘇らせるとしました。ロジャーズは2者関係の経験から、クライアントを無評価的に受容することが、そのクライアント本来の自己を蘇らせるとしています。ここで自他の区別を取り払い、人の心の様相のみに視点を置くと、マインドフルにも同じような仮説が存在しているように思えます。 「自らの瞬間瞬間の心の在り様を、自らが、価値観を交えずに眺め受け流していくことが、自らが絶対的な有に近づく道である」と言えるのかもしれません。 私の能力の至らなさから誤った解釈をしているかもしれませんが、林先生の講義を拝聴して私なりに考えた内容です。 ただ講義中、林先生が行動を支持する力の必要性を、また北山先生が物事の本質の重みを強調されたように、理論に埋没するのではなく、知と行の合一を目指して、今後も精進してまいりたいと思います。 後半は、秀吉の妻・北政所ねね終焉の地である圓徳院北書院を借り切っての「抹茶瞑想」が行われました。 私のように福岡のローカルに居住している者にとっては、二度とないと言うと大袈裟かもしれませんが、極めて有難い貴重な体験となりました。 おにぎりをいただき、お茶を飲むという極々日常的な行為が、歴史ある日本文化に包まれ、中秋の名月に照らされながら、幻想的な蝋燭の薄明かりの中で、静かに淡々と行われました。北山先生のご教示によって、思考へのとらわれから離れ余計なことを考えずに、おにぎりとお茶という対象に私なりに近づき、その持ち味を味わいながら、充実したひとときを体験することができました。 帰りの列車の中で、その時の集中と、その結果としての安定がもたらす充実したひとときへの満足感が、おにぎりの味の記憶と同時に、内部からジワーッと生じてまいりました。 あの時に、あの時々刻々を十分に味わっていたからこその、感謝の念であったのかもとも思います。日本の文化に包まれながらのマインドフルの体験は、私の今後の日常の在りように、大きな影響を与えることになるでしょう。 日本の文化は、望ましい行動の源泉となる力を持っているのかもしれないという気づきもありました。北山先生が推進しようとされていることの一端を、理解できたようにも感じています。このような体験を持つことができた幸せに、ここに、心より感謝申し上げます。 人にも天候にも恵まれた有難い一日でした。