人間関係の悩み
今感じるマインドトークについて
塩崎悦子(4級研究員)
私が「マインドトーク」と言う言葉を聞いてからもうだいぶたちます。
最初はどういうことか全然分かりませんでした。でも、何回も北山先生のお話を聞いて<呼吸法>や<マインドトーク洞察ウォーキング法>を学んでいくうちに少しずつマインドトークを感じる事が出来るようになりました。
私がマインドトーク洞察法に出会ったのは<仏教>を学び始めてから2~3年したころだと思います。
仏教を知りたいと思ったのはその頃の私には色々な悩みがあり、自分の心の中の状態が非常に悪くて何とかしたいと思っていたからです。
自分だけがとても不幸だと思い他人を恨んだり妬んだり、変に卑屈になったりして他人との距離がうまく取れずに常に何かイライラしている状態でした。
でも、常に人を恨んで復讐したいと思う心を持ちながら生きているのはとても疲れます。だから「仏の慈悲」を勉強して人を恨む心を無くしたいと願ったのです。仏教で言う慈悲とは何か?大変難しいのですが人は皆平等であると言う教えと深く繋がっていると思います。はじめの頃は何とか人を許すことの出来るようになりたいと考えていました。それで良いと思っていたのです。それで自分が救われると・・・。
でも、他人を許すなどと言うことは許す側が上位に居るような感じです。やはりまだまだ独り善がりな心ですね。マインドトーク洞察法を学んでいてようやく気が付きました。相手を許せないと思う心がこちらに起こらなければよいのです。相手のすべてを受け入れる(すべてを包み込む)そのような是も非もない心、そうゆうものが慈悲と言う言葉の中にあるのだと今の私には思えます。そしてそういう心を獲得する為にマインドトーク洞察法があるのだと理解できました。
おかげさまで今の私は心が大変軽くなりました。毎日、ニコニコとしていられます。
だからより多くの、心に悩みのある人々にこのマインドトーク洞察法を知ってもらい、少しでも楽な生き方をしてもらいたいと思います。自分が学ぶのも自分の為だけではなくみんなの為であり、自分が分かった事はみんなに伝える、そしてみんなが幸せになる事を望む。それが大乗の心ですね。その思いに少しでも近づければと考えています。
さて、昨年から今年にかけてマインドトーク洞察ウォーキング法や心理学等の講座に参加して学んだ事は、<今>という所にしっかりと心を置く(体の動きに心を付ける)ということです。
見た目にも美しい動き、無駄のない動き、心が<今>にくっついている様にすることです。
もちろんこれは、初歩の時から聞いていたことですが初期のころは「マインドトークを見る」、「マインドトークを切る」為のものでしたが、マインドトークに気づいてその量や質が変わってきている今は以前に比べると非常に<今>という所に戻りやすくなりました。
よく時代劇などで斬り合いをする時に(相手に隙がない)と言うせりふがありますが、長い間この「スキ」がよく理解出来ませんでした。最近になってやっと、これは剣を構えている人の体と心が一致しているからで、頭の中を何かマインドトークがよぎると一瞬にして体と心がバラバラになりスキが出来てしまうのだろうと分かりました。そういう風に見ると、日常生活では、半無意識的にしている行動が結構多い事に驚きます。特に慣れている行動は体だけで済ませているのを実感します。それが分かったので、今私は戸の開け閉めの時や歩いている時などには出来るだけ目線と体と心が一緒になるように注意しています。
でも最近私は自分の中で今までは気づいていなかったマインドトークを発見しました。
それは、私があまりやりたくない事をしようとする時に強力に現れます。
ずいぶん昔にいやな思いをしていてまだ心のどこかに恨みがある人に、そんな事は忘れてやさしくしてあげようと思った時に(そんな事は後でいい)とか(この次でいい)とか(前にこんな事をされたのだから仕返しするべきだ)とか、とにかく私がやさしくしないように説得してきます。
今までは心の葛藤として捉えてあまり気にしていなかったのですが、あまりにも必死に私を引き止めるので思わず納得してしまいそうになりました。
そしてこれがマインドトークだと分かり、その力の大きさに改めて感心しました。このレポートを書くのも、(今日はもう寝た方がいい)とか(まだいいよ)とか楽な方へと引っ張られます。
このようなマインドトークに振り回されないように、もっとしっかりとマインドトーク洞察法を理解していくのが今の私の課題だと思います。