アート創造の三方途

「我」を離れた目 ⑥

川上直也(アートプロデューサー、Art Office TAIAN

 

「心の発生」に次いで横隔膜呼吸法が講ぜられました。様々な息の話の後、各々が手で触りながら、胸部にある鎖骨・胸骨・肋骨・横隔膜などの位置を確認。そして、横隔膜を押し下げて腹式で息を吸い、出来るだけ細く長く息を吐く呼吸を実践しました。

 

かって岡田式呼吸静坐法を調べた折に、矢張り腹式で臍下丹田に気を集中して、長く息を吐く呼吸を行った経験がありましたが、丹田を自然に意識することが容易ではありませんでした。ところが、横隔膜を押し下げ胸部を拡大させると、逆に自ずから丹田の位置が分かり、楽に呼吸を続けることが出来たのです。横隔膜の中を心臓への大静脈が通っており、これを刺激することにより各臓器が活性化すること、さらにこの呼吸法はβエンドルフィンを放出し、自律神経を安定。また膨らんだ肺の表面から分泌される強力な末梢血管拡張作用物質が血圧を下げるなど、多大なリラクゼーション効果があることも説明されました。

 

呼吸は確かに内界と外界との最も直接的な交通であると思います。会場で横になって横隔膜呼吸を続けていると内と外との境界が希薄になり、ある種の浮遊感に包まれて、不眠症気味の私でもわずかな時間の内に眠ってしまいました。

(続く)

 

アート創造の三方途

「我」を離れた目 ⑤

川上直也(アートプロデューサー、Art Office TAIAN

 

その両日とも、会場となった高台寺洗心寮まわりの小石は冬の小雨に濡れてにび色の光を映していました。アート創造第三の方途の基となる「真如」見性の旅はまさにこの地から始まることとなる。けれども、到達点を予定せず、ただ「一瞬の行為に成りきること」と思い定めた為か、石踏む足音が今も耳に残るほどに心は静かでした。

 

1月18日北山喜与氏の講習は「心の発生」の解説から始まりました。脳内を大脳新皮質と大脳辺縁系に大別し、前者を人間脳、後者を動物脳とまず規定されました。人間脳である大脳新皮質では主に分別・判断がなされ、また意思行動・記憶認識の機能が属し、マインドトークもここから発せられる。対して、扁桃核を中心とし視床下部等を含む回路である大脳辺縁系においては、動物脳として情動神経系に関わる情報処理がなされていることが、簡潔明瞭に教示されました。

 

少し横道に逸れるかもしれませんが、北山氏が図示解説された「心の発生」のなかで、私にとって最も興味深い示唆は、大脳新皮質と大脳辺縁系の境界に、直感・ヒラメキの部位を措定されたことです。

 

前回のレポートで、実作者ではない私は、専らアートを感受する側からその創造の三つの方途を仮定しました。つまり、アートを如何に享受するかが私の仕事であり続けていると言えます。その経験から、情動(=情緒:心理学では同意とされている。また英語では感情も含め全てemotionとなる。)とアート享受時の心のあり様は全く異なると考えます。勿論、優劣の問題ではありませんし、個々の言葉の定義も厳密でないまま話を進めます。

 

例えば、八代亜紀の「舟歌」に、学生の合唱の歌声に、私は涙します。また昨今は「涙が溢れてとまらない」映画ほど感動的な作品と宣伝されます。しかし、この涙する感動は大脳辺縁系が掌る情動神経(情緒)が作用することに因るものと思うのです。そして、情動の背後には「人との関わり・共感」がある。人と出会い別れる、人との関わりのなかに共感は成り立ち、そのいずれの極北にも涙が伴うのでしょう。脳科学の本に「無意識のうちに他者に共感する能力」が大脳辺縁系に在ることが記されていたことも付しておきます。

 

これに対して、アートに対峙したときは、例えば冴え冴えとした鏡月を眺めているときのように、そこに人の気配は一切無く、孤絶し寂寞たる感覚のうちに、彼方で一瞬永遠が発光する。敢えて言葉にすればこのような心のあり様と言えます。この心作用は情動に因るものとは明らかに異なり、むしろ直感・ヒラメキに近いものであるかのように思われます。しかし確証に到ったわけでもなく、また深い問題を得たことが今後の楽しみとも感じています。

(続く)

 

 

483回講習会 抹茶瞑想 at 八幡円福僧堂

 江戸時代の名著『茶事訣』に学ぶ心の調え方

「禅茶」の神髄を日常生活に活かす手法「抹茶瞑想」の体験 25名限定

日時2009620日(12:30621日(16:00

場所:京都八幡・臨済宗円福寺専門僧堂

講師:鵜飼栖月 華道水月流妙心華家元/郷原達人 茶人、精進料理研究家。茶や食に関わる芸術、作法、仏教医学、精進料理の詩経道を推進中/北山喜与 人間性探究研究所理事長。こころとからだを本来の自然な状態に調える技法「マインドトーク洞察(諦観)法」を展開中。著書に『寺小屋』(金星舎、2004年)他/

費用:24,000(活動会員は22,000円)受講料・資料代・宿泊・3食含む

 

講習の要諦

『珠光問答』に、「それ、其の室(茶室)に入るものは、外、人我の相を離れ、内、柔和の徳を蓄え、交接相見の間に至って、和たり、敬たり、清たり、寂たり、遂に天下泰平に及ぶ。」と聞き、足利義政将軍は「これに逢うことの遅きを憾む」と言ったという話があります。天下泰平に及ぶ、それほどの珠光の「茶」とはいかなるものでしょうか?

昨今の社会不安を何とか払拭したい私たちにとって、何かヒントがあるのでしょうか?

先の珠光問答を踏まえ、斯経禅師は『茶事訣』の中で「寂」こそ茶の機軸と禅茶を説いています。和・敬・清の三点は理知的世界で調えることができるが、「寂」は禅から伝わるもので体得する他はないと。その寂を調えるのが「禅茶」であると斯経禅師は説いています。

今回の講習会では、当研究所のリラクゼーション法に始まり、横隔膜呼吸法、歩く瞑想法、坐禅など様々な「技法」を駆使して実際に「寂」への体験を試みます。其の上で、斯経禅師の『茶事訣』を読み、「只、茶を飲むばかりなる」に「寂」を体験し、「只・・・ばかり」を日常生活に生かす力を養いたいと思います。そこから、和が整い、敬が整い、清が整う、豊かな社会生活への営みの実践法を身に付けていただければと思います。

日常生活の中で「只、茶を点てる。只、茶を飲む」三昧の工夫をしたものを、当研究所では「抹茶瞑想」と称しています。こころとからだを本来の自然な状態に調え、我々が推奨するホリスティックヘルス(全人的健康)への端緒をつかんで頂けることと思います。

講習会場は、白隠四天王の一人で「禅茶」の推奨者・斯経禅師が1783年に開山された臨済宗禅修行最初の専門道場「京都八幡・円福僧堂」です。そのゆかりの地で、珠光に始まり利休に隆盛を誇った「禅茶」の神髄に迫っていただきます。

またとない貴重な機会かと思います。皆様の参加をお待ちしております。

 

講習スケジュール(予定)

l           620日(土)

12:30「円福寺山門前」集合→12:3017:00「ガイダンス」、「ストレッチ瞑想法」、「強制弛緩法」、「横隔膜呼吸瞑想法」、「ストロー呼吸瞑想法」、「坐禅」等の理論および実践→17:0018:00「食べる瞑想としての薬石作法」→18:0021:00QA、懇談会」(20:0021:00随時入浴)→21:00「消灯」

l           621日(日)

3:30「起床」→4:005:00「雲水と共に朝課」→5:006:00「食べる瞑想としての粥座作法」→6:007:00「作務」→8:009:00「茶禮」→9:2010:40「ストレッチ瞑想法」「ボディスキャン法」茶事訣を読む→11:0012:00「食べる瞑想としての粥座作法」→

12:2015:10禅茶(抹茶瞑想)」理論および実践体感「妙心華」→15:1015:50「まとめ」→16:00 「解散」

 

 

    詳細について

集合62012:30に円福寺山門前集合昼食を済ませておいてください。雨天でも決行します。準備の都合上、申し込み締め切りは67日までとなっております。

場所:京都八幡・臨済宗円福寺専門僧堂 (京都市八幡市八幡福禄谷153。京阪樟葉駅下車京阪バス2・大23系統、枚方ハイツ経由ポエムノール北山行きで10分、枚方ハイツ下車徒歩5分。駐車場数台分あり)

その他:坐禅のできるゆったりした服装、筆記用具。洗面具・寝巻きを用意ねがいます。寺内はすべて「素足」です。

申込方法200967日(日)までに、申込内容をEメールeikou@osk2.3web.ne.jp

もしくはファックス、郵送にて研究所まで申し込んでください。合わせて費用を「ゆうちょ銀行郵便振替口座No.00900-5-188003人間性探究研究所」までお振込み願います(準備の関係上、費用は不慮のやむをえない事由が生じた時を除き、欠席の場合でもお返しできませんのでご了承下さい。定員になり次第締め切らせていただきます)

申込内容:①受講日、②氏名とひらがな、③性別(男女)、④緊急時の電話番号、

(以降は初参加の方、内容に変更のあった方のみ記載下さい)⑤生年月日、⑥郵便番号・住所、⑦E-Mail番号、⑧現職業・職歴、⑨免許・資格。

    個人情報は、当研究所からの情報伝達以外の目的には利用いたしません。

 

 

 「我」を離れた目 ④

川上直也(アートプロデューサー、Art Office TAIAN

 

北山氏の講演会は、極めて明快なものでした。量子力学を予知するほどに仏教は科学と繋がることを知ってはいましたが、「大脳からみる心」を図説され、分節(全てが別々のものとしてある)世界、「我」への固執、マインドトーク(自分の意志とは無関係な心の中の自動思考や会話)などが存する域を新皮質、一元(無分節)、「寂」の世界を古皮質に分け、古皮質情報の顕在化が即創造たりうること。さらに、唯識におけるアラヤ識が両皮質の境界に位置することを教示頂いたことは、正に雲間に青空を見る思いでした。講演は続き、用意された数粒のレーズンを一粒ずつ口に入れてゆっくり噛み飲み込む、次に紙コップに入った茶の重さを自らが量り感じた後に静かに飲むという行為に集中することを求められました。レーズンを噛むと、歯に対する応力、唾液の出る様子までが判り、茶が食道を通る位置も感じられました。それらに、身体の全てが感応し、内と外(主体と客体)が渾然とした、これまでに経験したことの無い感覚にとらわれました。直後、北山氏は、古皮質情報の顕在化、マインドトークを鎮める為には、「一瞬の行為になりきること。」(そして、これが瞑想)と明言されました。文字通り、全てが「腑に落ちた」瞬間でした。私が求めていた境位の端緒はここにある。仏教において、見性悟入への過程は明確です。しかし、その境位自体は文字(理論)では説明出来ぬもの。見性を、「我」を離れた眼を、強烈に体認出来るのか、あるいはその周辺を無限に廻るに過ぎぬのか、先のことは分からない。ただ、未踏の領域に分け入ることを覚悟した、私にとって、晩秋の京の深い一夜でした。

(終わり)

「我」を離れた目 ③

川上直也(アートプロデューサー、Art Office TAIAN

 

明治から大正にかけて、傑出した作品を残した中原悌二郎という彫刻家がいます。一般には馴染の薄い作家ですが、彼の名を冠した「中原悌二郎賞」は文壇における「芥川賞」に対応するものです。悌二郎は、前述した主観又は主情を以って事物の本質を把握する態度に鋭く対立して、これらを排しての創造を試みました。悌二郎は日記に「(木を描く時)或る者は是を自己の情緒、つまり木を見た時に感ずる情緒を以って描写する。(しかしこの)情緒なるものはつまり作者の主観である。― その木が持っている木其のものの心、つまり真相ではない。」と記しています。この記述の3年後、悌二郎は「岡田式静坐呼吸法」を考案した岡田虎二郎と出会い、岡田に私淑、肺患により32歳で逝去する直前まで静坐呼吸法の行を続け、岡田が推奨した道元の「普勧坐禅儀」などを精読しました。そして、参坐して4年程で悌二郎の作品は突然の飛躍を遂げます。彼に何が起こったのか、その実相を解明しようとして、私は一昨年、中原悌二郎と岡田虎二郎との関連をテーマにした展覧会を企画しました(2007年 愛知県田原市博物館)。悌二郎の造形思考を探求する過程で、唯識や禅に関わる資料書籍と向かい合ううちに、私は、悌二郎は無心で事物を見続け彫像を創る営為と、静坐呼吸の行を通じて、唯識におけるアラヤ識即ち深層無意識への礙を捨し、その域から経験界の物象を観る境位に悟入した、と思うに到りました。これが悌二郎の作品の飛躍の大きな要因であり、同時に創造の第三の方途であると考えます。

 

このような経験の例は、ひとり悌二郎に留まりません。悌二郎と同様にその作品が私を支えてくれている、現代の彫刻家土谷武氏(1998-99年・東京国立近代美術館、京都国立近代美術館で回顧展開催、2004年逝去)は、その晩年「あるとき友人宅の裏山を山裾から見上げていたら、幾十条もの緑の滝がもくもくと私に迫ってきた。(これに対して私は)全身で立ち向かわないと吹き飛ばされるような思いがした。」そしてこの経験を境に「(これまで)捉え切れなかった樹木に草花、山や野原、それらに不可欠な水や土や空気」に強い関心をもつに到った。さらに、ある夏の夜山麓で氏は「天も地も鳴り響いていた。全山鳴動といってよい。― 山々を揺るがせるような虫の声」に圧倒されます。

こうした体験の各々は、作家の主観主情の回路を通ることなく、即形象化されました。悌二郎の場合は参坐を続けたその最期まで、物象の本質把握への志向が窺えましたが、土谷氏自身は唯識や禅に無関心であったにも拘らず、自然への深い観照からその摂理を極め、膨大な時間を注ぎ込んだ創造行為の果てに迎えた、物の本質への拘泥から解放されたその晩年に於いての、「山が迫る」「樹木や草花だけでなく、それらに不可欠な水や土や空気などを全て等価なものとしてとらえる」「虫の声による覚醒」などの体験は、それぞれが唯識(仏教)における「真如」「無自性」の見性に相応するものではなかったかと、私には思われるのです。

 

勿論、それらは似て非なるものであるかも知れません。ただ、「非」であるか否かを検証するには、私自身が見性悟入を体認しなければならない。冒頭に記したように、日常のなかでのこの体認への入口を、私は探し続けていたのです。

(続く)

 

 

 

「我」を離れた目 ②

川上直也(アートプロデューサー、Art Office TAIAN

 

第二の方途は、第一と同様に主客分離という基は共通でありながら、主情(情緒)を以って客体対象の本質の把握を志向する、または主情・心象風景などをそのまま対象化(作品)として表出するものです。たとえば、ゴッホの書簡には次のような記述があります。「僕は素描のなかの肝心な点をつかもうとする。― 次に輪郭で区切られた空間を、それが表現されていようがいまいが、感じたまま、単純化した調子で塗りつぶす。」

また、かの岸田劉生は「無形の表現はやはり『心をもって心を描く』と言うことに尽きる。」と自らの芸術論で述べています。ここには、第一の方途と同様、あるいはそれ以上に作者の創意作為が看取できます。やっかいなことに、この創意が、少なくとも私にとっては邪魔なものになってきたのです。芸術は人間が創造することがその前提ではありますが、創出された作品に貼りついた創意作為を見透かし、それらが「人」の域に在ることを感取した途端に、興が醒めてしまうようになったのです。この矛盾のラビリンスからの脱却は容易ならないものと思われました。

 

しかし、美術の全てに興味を失った訳ではありませんでした。むしろ幾つかの作品は、以前より一層鮮やかに映り、それらの作品との感応が自らの礎となっているとさえ感じ始めたのです。そうした作品に通底するものは、背後に作者の痕跡が一切無く、透明で、まるで自生したかのような佇まいでした。何故そうありえるのか。これが創造の第三の方途を仮定した端緒でした。

(続く)

 

「我」を離れた目 ①

川上直也(アートプロデューサー、Art Office TAIAN

 

作年晩秋、送って頂いた北山喜与氏による「MY CHA」講習会の案内状に記された、柳宗悦の「日本の眼」や「創造する能力」、「最先端学問領域で再評価した東洋の智慧(唯識、禅)」の言葉が、私のなかで瞬時に繋がり、了解されました。同時に、長く自問を続けてきた問題を解明に導くことが出来る、その入り口が見出せるのではないか、と直感しました。

 

実作者としてではありませんが、美術展の企画や作品集の出版、また特定の建築空間にオブジェや絵画(所謂コミッションワーク)を企画設置して、新たな空間を創出するなど、美術の現場に30年ほど携ってきた私は、多くの美術家と関わり仕事を共にするうちに。いつしか作品を制作するという創造の営為の実相を見極め感得することが最大の関心事となってきました。そして、永い経験を経て、創造には後述する三つの方途があると思い到ったのです。

 

まず第一は、主体と客体との分離即ち二元論を基にした創造の方途です。主客対峙する状況で成立する客観的対象、経験界の客体を、主体に属する主観に依って、その本質を認識把握して堅固な創意を以って形象化する方法です。これは現代に到るまで様々に様式を変えながらも西欧を中心とする美術の王道、つまり、ギリシア哲学と一神教であるキリスト教を祖とする創造の根幹を成すものでした。初期ルネッサンスからの美術史に於ける傑作の殆どは、ここから生み出されたものです。かって、若年であった私はその多くを実見し、無心に対峙する旅を重ねました。それなりに当時は夢中であったと思います。しかしやがて、作家の堅固な創意そのものが、造物主たる神に垂直的に近付こうとする意志、あるいは、造物主に成り代わる意欲であると推量し始めてから、普遍的な価値を有する作品群に対してさえも、それらは私にとって現前に切迫するものでなく、埋めることの出来ない遠い記憶の様に感じられ、その感覚は現在に於いても払拭出来ないでいます。

(続く)

 

 

3/29 第482回講習会のご案内

 

坐禅・歩く瞑想 at 東福寺

 

私達は「ホリスティックヘルス」を推進するNPOです。

 

ホリスティックヘルス、言い換えれば身体的にも精神的にも健康であることは、それぞれの人生の土台となるべき最も重要なことです。その土台の上にこそ、本来の持てる自分の能力をいかんなく発揮することができるようになり、何をもっても崩されることの無い堅牢な自己実現をかなえるものとなるでしょう。

 

ホリスティックヘルスへのポイントは三つ有ります。第一に「からだ」を整えるために「本来の自然な姿勢を身につけること」、第二に「こころ」を整えるために「自覚的意識を身につけること」、そして第三に「からだ」と「こころ」の架け橋役である「呼吸」を整えるために「横隔膜呼吸を習慣化すること」です。

それらを体得するための技法を、当研究所ではマインドトーク洞察(諦観)法と呼んでいます。

 

今回の講習では、総合的にこれらの三つを体感するために「坐禅・歩く瞑想」を企画しました当講習会は、マインドトーク洞察法6級以上認定のための必須科目ともなっております)。

場所は、通常非公開の、臨済宗大本山東福寺「禅堂」(重要文化財)および「即宗院」です。皆様の参加をお待ちしております。

日時2009329日(13:00集合

(申し込み締め切り日は323日)

集合場所:臨済宗大本山東福寺塔頭 即宗院(京都市東山区本町15丁目813

(開場12:00、開演13:00。本坊は、方丈庭園入口の奥・龍吟庵の横Tel.075-561-9200です。)

 

講師杉井哲朗 臨済宗東福寺派即宗院住職・社会福祉法人洛東園理事・慧日幼稚園理事・財団法人慧日保存会理事長/北山喜与 NPO法人人間性探究研究所理事長・中央労働災害防止協会認定心理相談員。米国でジョン・カバットジンから「マインドフルネスによるストレス緩和プログラム」の日本における展開を認可され、その後、最先端学問領域で再評価した東洋の智慧(唯識、禅などに顕在)を付加することで、日本社会に生かすプログラムとして発展させた「マインドトーク洞察法」を展開中。著書に『寺小屋』(金星舎、2004年)他/

 

申込方法2009323日までに、申込内容をEメールeikou@osk2.3web.ne.jp

もしくはファックス、郵送にて研究所まで申し込んでください。会食の準備がありますので、特に第2交流会」の参加可否については、必ず早めに御連絡下さい。合わせて費用を「ゆうちょ銀行郵便振替口座No.00900-5-188003 人間性探究研究所」まで振込み願います(費用は、不慮のやむをえない事由が生じた時を除き、欠席の場合でもお返しいたしませんのでご了承下さい)。

申込内容:①受講日「3/29」および「第1部のみ参加」「第1部・第2部参加」の区別、

②氏名(略字でなく正式漢字とひらがな)、③性別(男女)、④緊急時の電話番号

註.以降は初参加の方、内容に変更のあった方のみ記載下さい。

⑤生年月日(西暦表記)、⑥郵便番号・住所、⑦E-Mail番号、⑧現職業・職歴、⑨免許・資格。

註.申し込み時の個人情報は、当研究所からの情報伝達、免状発行以外の目的には利用い

たしません。

 

注意事項:体を動かしますので、楽な服装でお越し下さい。禅堂は冷えますのでホッカイ

ロなどの暖をとるものと厚手の羽織るものをご用意願います。

 

講習スケジュール(予定)と費用

1部 (受講費用6,000。ただし研究所活動会員は5,000円)

l         12:0013:00「昼食」(場所:即宗院)お弁当持参の方は、即宗院の広間でお召し上がりいただけます。

l         13:0014:00「ガイダンス」および「到着茶礼」(場所:即宗院)

意識集中(マインドフルネス)への準備作業になります。

l         14:0017:00「坐禅・歩く瞑想」(場所:東福寺禅堂)

 坐禅、歩く瞑想(歩くことに意識を集中、マインドフルネスする技法)を通じて、からだとこころの「一つ處」を体感していただきます。

 

2部 (費用3,500

l          17:3019:30「交流会」(場所:即宗院)楽しく会食を共にしながら、講習内容に関しお互いの気づきを語り合う場にしたいと考えています。

 

 

 

2/22 第481回講習会のご案内

自然な姿勢・自覚的意識を身につける

 

私達は「全人的健康」を推奨するNPO団体です。

 

身体的にも精神的にも健康であること。言い換えれば「全人的健康」であることは、それぞれの人生の土台となるべき最も重要なことです。その土台の上にこそ、本来の持てる自分の能力をいかんなく発揮することができるようになり、何をもっても崩されることの無い堅牢な自己実現をかなえるものとなるでしょう。

 

「全人的健康」へのポイントは三つ有ります。第一に「からだ」を整えるために「本来の自然な姿勢を身につけること」、第二に「こころ」を整えるために「自覚的意識を身につけること」、そして第三に「からだ」と「こころ」の架け橋役である「呼吸」を整えるために「横隔膜呼吸を習慣化すること」です。

それらを体得するための方法を、当研究所ではマインドトーク洞察法(M法)と呼称しています。

 

今回の講習の目的は二つあります。一つは上記「からだを整えるために本来の自然な姿勢を身につけること」、そのための方法を体感していただくことです。また二つには上記「こころを整えるために自覚的意識を身につけること」、そのための方法を、心理学、唯識学、脳科学(脳の発達)に学ぶことで、より深く体感していただくことです。

皆様の参加をお待ちしております。

 

日時2009222日(日)13:0017:00

(申込の締め切りは215日です。)

場所:高台寺洗心寮 

(京都市東山区高台寺の駐車場内西南に位置します。)

 

講師可児雅昭 全米ストレングス&コンディショニング協会認定パーソナルトレーナー。姿勢や身体のゆがみ等をチェックして「整体とかマッサージ等の他力でなくクライアントが自らトレーニングして改善する方法」を指導中/北山喜与 NPO法人人間性探究研究所理事長・中央労働災害防止協会認定心理相談員。米国でジョン・カバットジンから「マインドフルネスによるストレス緩和プログラム」の日本における展開を認可され、その後、最先端学問領域で再評価した東洋の智慧(唯識、禅などに顕在)を付加することで、日本社会に生かすプログラムとして発展させた「マインドトーク洞察法」を展開中。著書に『寺小屋』(金星舎、2004年)他。

 

申込方法・内容2009215日(日)までに、下記申込内容をEメール eikou@osk2.3web.ne.jp(ファック

ス、郵送も可)にて人間性探究研究所へ申し込んでください。

① 氏名(略字でなく正式漢字とひらがな)

② 性別(男女)

③ 緊急時の電話番号 註.以降は初参加の方、内容に変更のあった方のみ記載下さい。

④ 生年月日(西暦表記)

⑤ 郵便番号・住所

⑥ E-Mail番号

⑦ 現職業・職歴

⑧ 免許・資格

註.申し込み時の個人情報は、当研究所からの情報伝達、免状発行以外の目的には利用い

たしません。

 

費用:一般受講者は6,000円(活動会員は5,000円)。

 

注意事項:身体を楽に動かせる服装でお越し下さい。着替えの場所が有ります。

 

講習会詳細スケジュール(予定):

13:0014:00「こころの働きの認識Ⅲ」(講師:北山喜与)その場の感情に流されないこころを築く方法を、「心理学」「脳科学(脳の発達)」に学ぶことで、より深く体感していただきます。   

註.マインドトーク洞察法6級認定のための必須科目です。

 

14:1515:15「こころの状態の認識Ⅲ」(講師:北山喜与)自分の性格に気づき、自己改善への取り組みを行うための方法を、「唯識学」「脳科学(脳の発達)」に学ぶことで、より深く体感していただきます。

註.マインドトーク洞察法5級認定のための必須科目です。

 

15:3017:00「調身」(講師:可児雅昭)講習参加者の姿勢や身体のゆがみ等をチェックして、問題ある箇所を「整体とかマッサージ等の他力でなく、自らがトレーニングして改善する方法」を指導します。

 

17:3019:30「交流会」別会場に移動し、「講習内容に関しお互いの気づきを語り合う場にしたいと考えています。講習費用とは別に、飲食費は実費徴収させていただきます。

マインドトーク洞察教室に参加し、気付かされたこと

「マインドトーク洞察法」「呼吸法実践」を通して学んだこと

  後藤久美

 

今までわたしは、自分という人間は「頭の中でいつも自分や他人の言動について考えている」と思って生きてきました。

けれども「マインドトーク洞察法」を知りそれは単にマインドトークにいつも振り回されていただけだということに気付かされました。

いつ気づいたのか、どうして気づけたのかと言えば、ある日突然繋がった、としか言いようがありません。

・歩く瞑想

・食べる瞑想

・呼吸法

・ストレッチ・メディテーション

・そして数々の講演

・「こころの脳」

・「唯識」

・そして坐禅体験

・肝心かなめの(マインドトーク)

一つ一つは、受講している最中は別々の独立したもののようでした。

けれどそれは、スパイラル方式という勉強法さながらある時を境にして、一気にマインドトークの正体に気付くという一点に向かって繋がりあって進んでいたのでした。

すべての事柄に共通するのは、(とらわれる・こだわる)心に振り回されるなということでしょうか。

私は、「あの時あの人の言動はこうだった」という過去の経験を、これからとるべき行動の判断材料としてきたつもりです。

そしてそのことが禍のもとだったんです。でもそのことに気付くことはできませんでした。

 

過去の経験という記憶の中で、自分の中にいる相手と、どんどん勝手に言葉をやりとりしている始末でした。

「妄想」の中でのそのやりとりを、あたかもそれが実際の相手の気持ち・言動と錯覚をして、どんどん現実とかい離した自分だけのシナリオの世界で、苛立ち、思い悩んでいました。

そのやりとりは、現実の世界で役に立つどころか、私を、誤った方向へと転がしていったのです。

 

その妄想のシナリオのセリフがマインドトークだと思うのです。

今まで、私は数限りなく、「あなたは変われる」「くよくよしないですむ」という発想の書物を読んできました。

読んだその時は、自分は変われる、これからはうまく自分の気持ちを処理していけるという確信と、明るい期待にみちていました。

が、結局いつも自分の感情の渦の中から抜け出して、静かに自分を見つめ、とるべき道を知ることはできませんでした。

どんなに対処法を知っても根本的な過ちに気付くことができなかったからだと思います。

 

このマインドトークというものが朧げにわかった今、どうしてそれができなかったか、考えてみました。

これは正直わかりませんでした。知らなかった、ただあるがままを見つめるということを知らなかったというほかありません。

そして親として子供たちが成人した今、遅まきながらでもこのことに気付かせていただけたことを本当に感謝しているのです。

できない自分、迷う自分を卑下することなくできるこの方法は、心地よく続けることができます。

そういうことを思う性質なんだと思うと受け入れやすく、変に肩に力を入れることもなく、単純にそうならないように気を付けられるようになったんです。

 

この方法の素晴らしい点は、誰でもが必ず理解し、実践できること。

自分が自分のカウンセリングをするような形、以前の名称のセルフカウンセリング、自分で自分をカウンセリングすることにあると思います。

悟りも、心理学的な知識も、know-how本を理解する読解力も、人生における経験も、必要ではありませんでした。

これらはあればあったで、ひょっとしたら、よりマインドトークを深く理解する助けにはなるかもしれませんが、これらをすこしずつわかったところで、何も救われた感じはありませんでした。

そしてこの「よく観る」というこのことは、何が大事か、優先