マインドトーク洞察教室に参加し、気付かされたこと
「マインドトーク洞察法」「呼吸法実践」を通して学んだこと
後藤久美
今までわたしは、自分という人間は「頭の中でいつも自分や他人の言動について考えている」と思って生きてきました。
けれども「マインドトーク洞察法」を知りそれは単にマインドトークにいつも振り回されていただけだということに気付かされました。
いつ気づいたのか、どうして気づけたのかと言えば、ある日突然繋がった、としか言いようがありません。
・歩く瞑想
・食べる瞑想
・呼吸法
・ストレッチ・メディテーション
・そして数々の講演
・「こころの脳」
・「唯識」
・そして坐禅体験
・肝心かなめの(マインドトーク)
一つ一つは、受講している最中は別々の独立したもののようでした。
けれどそれは、スパイラル方式という勉強法さながらある時を境にして、一気にマインドトークの正体に気付くという一点に向かって繋がりあって進んでいたのでした。
すべての事柄に共通するのは、(とらわれる・こだわる)心に振り回されるなということでしょうか。
私は、「あの時あの人の言動はこうだった」という過去の経験を、これからとるべき行動の判断材料としてきたつもりです。
そしてそのことが禍のもとだったんです。でもそのことに気付くことはできませんでした。
過去の経験という記憶の中で、自分の中にいる相手と、どんどん勝手に言葉をやりとりしている始末でした。
「妄想」の中でのそのやりとりを、あたかもそれが実際の相手の気持ち・言動と錯覚をして、どんどん現実とかい離した自分だけのシナリオの世界で、苛立ち、思い悩んでいました。
そのやりとりは、現実の世界で役に立つどころか、私を、誤った方向へと転がしていったのです。
その妄想のシナリオのセリフがマインドトークだと思うのです。
今まで、私は数限りなく、「あなたは変われる」「くよくよしないですむ」という発想の書物を読んできました。
読んだその時は、自分は変われる、これからはうまく自分の気持ちを処理していけるという確信と、明るい期待にみちていました。
が、結局いつも自分の感情の渦の中から抜け出して、静かに自分を見つめ、とるべき道を知ることはできませんでした。
どんなに対処法を知っても根本的な過ちに気付くことができなかったからだと思います。
このマインドトークというものが朧げにわかった今、どうしてそれができなかったか、考えてみました。
これは正直わかりませんでした。知らなかった、ただあるがままを見つめるということを知らなかったというほかありません。
そして親として子供たちが成人した今、遅まきながらでもこのことに気付かせていただけたことを本当に感謝しているのです。
できない自分、迷う自分を卑下することなくできるこの方法は、心地よく続けることができます。
そういうことを思う性質なんだと思うと受け入れやすく、変に肩に力を入れることもなく、単純にそうならないように気を付けられるようになったんです。
この方法の素晴らしい点は、誰でもが必ず理解し、実践できること。
自分が自分のカウンセリングをするような形、以前の名称のセルフカウンセリング、自分で自分をカウンセリングすることにあると思います。
悟りも、心理学的な知識も、know-how本を理解する読解力も、人生における経験も、必要ではありませんでした。
これらはあればあったで、ひょっとしたら、よりマインドトークを深く理解する助けにはなるかもしれませんが、これらをすこしずつわかったところで、何も救われた感じはありませんでした。
そしてこの「よく観る」というこのことは、何が大事か、優先